2010年3月 1日 (月)
あの世の正月 16日祭
先月に続き、またしても登場してしまった波照間組ですが。今週は先日2月21~27日の間、西表島の紅露工房でピヌムトゥ工房が合宿をした時の報告も兼ねて書きたいと思います。
とはいえ、3月1日は旧暦1月16日にあたり、八重山地方ではあの世のお正月を墓前で祝う16日祭という特別な日。学校も午前中でお休みになり、女たちは早朝から油酔いしながらひたすら天ぷらを揚げ、ご馳走を重箱につめて墓前で飲めや食えやの宴会の日です。この日のために島に帰省する親戚たちは、前日チリ大地震による津波警報のため午後から全便欠航になったのにもめげず、満席の船に乗って本日到着。

墓前に供えたご馳走はご先祖様と一緒にいただきます。その間にも親戚のお墓をご馳走を持ってたずねあるき、日ごろ顔を合わせる人も久々に帰省した親戚も会話が弾みます。昔は、このようなご馳走は特別なときにしか食べられなかったので、16日祭の次の日は、ご馳走ののこりものを弁当につめて遠足に行くのが島の学校の通例行事だったとか。また、あの世で使うご先祖様のお小遣いとしてウチガビという紙のお金が墓前で燃やされ、あの世でお金に苦労しないように大盤振る舞いの大金が煙となって届けられます。
こういう行事に参加すると昔の島の話やおじぃおばぁの子どもの頃の話、方言の話などが聞け、忙しなくなりつつある島の生活の中でも貴重な時間だなぁと感じます。昔は芭蕉や苧麻の糸を紡ぐところから島で行われていた手仕事も、おばぁ達の話を聞くと、少なく見ても60~70年ぐらい前に途絶えたらしいことも分かりました。

糸の材料の苧麻も糸芭蕉も残っている波照間島。これを何とか使える形に管理して糸を紡ぎたい。先日の紅露工房の合宿でもメンバーの心のうちにポッと灯ったピヌムトゥ(火の元)の一つです。明日からはその紅露工房の合宿の模様を報告いたします。