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ぬぬパナ・リレー日記

ぬぬぬパナパナの活動に携るみんなの日記です。主には「うちくい展」の出展作家が日記をリレーしていきます。制作に係わるコト、日々の雑記も含めた、各地からの便りです。
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2017年5月13日 (土)

藍玉(1)

村井弘昌

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藍の染料というと、「蒅」よりむしろ「藍玉」と言う人が多いようです。蒅を臼で搗いた物で、江戸時代には球形に丸めていたのでこの名前がついたようです。明治以降3〜5cmぐらいの四角い方形に切られて出荷されるようになりました。船での積み出しに都合が良かったことや、他国の藍と区別するためだと言われています。国ごとに藍玉の形状や重さが違っていたようです。また蒅で出荷するより、藩にとって利潤が多かったそうです。

藍師の藍搗場(あいつきば)には数十基の藍臼が置かれ、「藍搗さん」と呼ばれる近所のお百姓さんが、多勢雇われ搗いていました。鉢巻をしめた藍搗さんが、藍搗音頭の調子に合わせて、杵を一斉に振り下ろす様子が写真に収められています。極上品の蒅になると、1臼に2〜5日もかけて搗いていたそうです。確かに体積を小さくして藍分濃度を上げ、上質な蒅に仕上げていた。それは大市で「随一」や「天上」などの賞(賞牌板)を取るためだったのでしょう。少しでも質の高いものを作り、高い金額で取引をしようと皆が競い合っていた時代です。労力を惜しむことはなかったのかもしれません。

*藍大市とは大阪と徳島で開催された、年に一度の大商談会。その折りには藍玉の品評会が行われ、今でいうグランプリに当たるものが「随一」でした。藍師にとっては最高の誇りであり、また通常取引を超えたご祝儀相場だったようです。商談がまとまると座敷をあげたりと、たいそう賑やかだったそうです。