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西筋ヒデ

いりすじ・ひで

 

大正14年生まれ。
15歳の頃から2、3年宮古上布を織って、織る作業は好きだったねぇ。でも戦争で中断され、戦後は5人の子育てと畠仕事に追われ、織物する時間もなかったよ。47歳の時旦那さんを亡くしたからねぇ。子供たちを高校へやるために10年近く宮古島に移ったよ。

60歳になってようやくまた、好きな織物をできるようになったさぁ。縦糸は綿で横糸は近所のおばぁが家族のために手紡ぎした苧麻でねぇ。それで、70歳くらいから芭蕉も始めたの。字でつくった芭蕉畑があったから。昔おばぁがやっていたのを見て憶えてたけど、何もかも手探りだったねぇ。
毎晩、明日はどんなふうに工夫して上等につくるか、糸(芭蕉)を紡ぎながら考えてるよ。今日の仕事が明日すること教えてくれるから、とても楽しいけど、忙しいさ。
ゲートボールやってる時間はないねぇ。(2004年聞き書き:浦令子

ぬぬぬパナパナとおばぁ

「最近は、歩いてあちこち周るのが、大変になってきたから、旅行も行かないよ」と言っていたおばぁだけど、2005年の「うちくい展」のツアーで孫娘と一緒に、沖縄の各地の工房を訪ねたのは、特に思い出になっているようです。「これまでにない経験ができて、とても楽しかった」と話してくれました。

それからは、82才になっても「まだまだ勉強したいことがある」と、積極的にぬぬパナのワークショップに参加しています。そして毎回、「こんな染めをしたよ」「あんな人に会ったよ」と、旅の話は尽きません。その話す表情が、とても若々しく見えるのは若い人たちと共に勉強し、色々な話題で盛り上がったからかもしれません。地元の多良間島では、「ぶー績み」などを通じた若者との交流は以外と少ないのです。残念なことに・・・。今まで、島でたった一人、織り続けてきたおばぁだから。(代筆:浜川史江

 
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