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yell!

福のり子
(京都造形芸術大学ASP学科教授)

ウィスキーグラスを片手に長椅子に寝そべって、毎日朝方まで本を読んでいたちゅうちゃんが、冬ごもりからさめた夜行性のアライグマのようにモゾモゾと活動をはじめた。しばらくすると「協賛金をもらうための申請書はこれでいい?」だの「展覧会の案内状を送るから、あなたの持っているマスコミのリストを頂戴」だのと言い出した。どうやら遅くまで、慣れないコンピューターに向かって、様々な書類や文章を書いているらしい。そういえば「面倒くさいから、携帯電話なんかいらん」と言っていた彼女が携帯を購入し、それでメイルまではじめたのもこのころだ。

小田令子さんのニックネームは「ちゅ〜ちゃん」。その由来は公には「アルちゅ〜」からきているということになっている。しかし、かいがいしく動き回っている近年の彼女をみていると、その由来は「ねずみ」ではないかと思わせられてしまう。

もともと着物が好きで、教室を主催して織物を教えていたとはいえ、どれも「仕事」と呼べるほどのものではなかった。そんな「アルちゅ〜のちゅ〜ちゃん」を本気にさせ、「ねずみのちゅ〜ちゃん」に変身させたのは、他でもない沖縄で出会った布だった。1ヶ月に1度、単身赴任の夫に会う為に大阪から石垣島に行く彼女は、夫との逢瀬よりも、暑いかの地で出会った布に熱くなっていったのだ。

一反分の布を織る為に、2〜3年をかけて芭蕉を育てる。それを紺碧の海にも負けない色に島の藍で染め、あるいは自生する福木で、太陽のエネルギーを吸い込んだような黄色に染めあげる。自然の恵みと、沖縄の人々の知恵と歴史、そして時間と体力のすべてがひとつになって、ようやくその布は生まれる。しなやかでかつ張りがあり、さらりとして美しいその光沢のある布は、沖縄の人たちそのものだ。これでは小田さんでなくても、だれでも見入ってしまうだろう。しかし、どれだけの人がそれを手にし、使いこなし、使い切ることができるのだろうか?今の世の中で、ひとつのものを何年もかけて作り、それで生計を立てることはほとんど不可能に近いことだ。それを知りつつ、いやそれだからこそ、小田さんは「覚悟」を決めたようだ。沖縄の染織品のすばらしさを、もっと多くの人々の日常のなかで使ってもらうことで理解してもらおうと奮闘しはじめたのだ。2004年のことである。

小田さんがはじめた「うちくい展」はこれまでに全国6箇所で行われ、2005年からワークショップや講演会も開始した。そして今度はそれらを統合する組織として、「ぬぬぬパナパナ(「布のはしばし」という沖縄の方言)」を作ってしまったのである。あの、ちゅ〜ちゃんがだ・・・・。

布を作り、そしてそれを商品として市場に出すだけなら、それほど困難なことではないかもしれない。しかし気の遠くなるような時間や手間、あるいは歴史や風土を織り込んだ布を人々に届け、味わってもらい、かつ作り手たちがそれによって生活できるようにすることは、容易な事ではない。しかもそれが懐古趣味やロマンチシズムの範疇を超えて、現代、いや未来にまで続く営みにするとなると、これは大変な事業である。そのためには、様々な仕掛けが必要となるだろう。その仕掛けをひとつでも多く生み出していくのが、「ぬぬぬパナパナ」の活動だと私は理解している。

布は私たちの生活に欠かすことのできない、人間にとって「第二の皮膚」のようなものである。だからこそ、ひとひらの布への想いは、私たち自身の「生のはしばし」へともつながっていく。「ぬぬぬパナパナ」と「ねずみのちゅ〜ちゃん」の活動に、沖縄の暑さにも負けない熱いエールを送りたい。私自身の「生のパナパナ」を顧みるためにも・・・。

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